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英語勉強の過程で、欠かせない存在がバートランド・ラッセルだった。
ラッセルの英語なしでは、受験英語もなく、英検1級合格もなかったであろう。
英語の恩人という言葉があるなら、
ラッセルはまさに恩人であり、この人なくしては何も語ることはできない。
ラッセルとの出会いは、大学受験用の参考書や問題集からであった。
何しろこの人の英文は参考書や問題集によく出ていた。
大学の入試問題でも、
ラッセルの書いたものがよく出題されていた。
現代英文の模範。
これがラッセルの英語に冠せられた称賛の言葉であった。
受験勉強で味をしめてしまったのが運のつきで、
大学入学後はラッセルの書いたものを読みあさる結果となった。
授業にも出ず、ひたすらお茶の水とか本郷の洋書専門の本屋で、
ラッセルの書物を買い求めていた。
まとめて買ってきては、
ひたすら読みまくる。
夏休みをはさんで、2カ月近くも家から一歩も出ないこともあった。
この人の文章を読んでいると、
なにしろよく出てくるのがシェクスピアとディケンズだった。
おかげさまで、この両名の著作まで読みまくることになってしまった。
ラッセルは、子供の頃、ディケンズが大好きだったようだ。
いかにもうれしそうに、ディケンズの作品を紹介していたものだ。
ラッセルの英文と比べると、
ディケンズの英語はちょっとむずかしい。
時代もやや古いし、使われている語彙も多少趣を異にしていた。
ラッセルの著作はだいぶ読んだが、
とくに面白かったのが、
ラッセルの自伝(The Autobiography of Bertrand Russell)と、
西洋哲学史(A History of Western Philosophy)であった。
二冊ともかなり分厚い本ですが、
英文読解練習にはもってこいの参考書となると思います。
ラッセルの最も忌み嫌ったのがあいまいさ(ambiguity)というものでありましたが、
彼の著作の英文は明確であり、誤解を招くようなものはありません。
そういう意味では、
現代英文の模範という言葉は、ラッセルのためにあるといっても過言ではないでしょう。
とにかく、英文を読むのに苦痛を感じなくなったのはラッセルのおかげです。
このことだけは付け加えておきます。
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